研究

2025.12.23

関係のデザインで学ぶ本質を見抜く力は、社会を生き抜く術になる

芸術学部 デザイン学科 空間プロダクトデザイン研究室
木下 陽介 助教


教員プロフィール

きのした?ようすけ
2007年、東京工芸大学芸術学部デザイン学科卒業。内装設計のインハウスデザイナーを経て、2012年、東京を拠点とするデザインコレクティブCANUCH設立。人と物との関係性の探求を起点とし、空間デザイン、プロダクトデザイン、マテリアル開発など、様々なプロジェクトを手がけている。代表的な仕事に、株式会社ルミネ本社新オフィス、鎌倉紅谷八幡本店、TBWA/HAKUHODOオフィス、国産材の小国杉を使用したファニチャーFILの「MASS SERIES」のデザイン等。iF DESIGN AWARD、DFA AWARDなど多数受賞。日本デザイン学会会員、JIDA正会員。

空間プロダクトデザインは、“体験の設計”を行う領域

 空間プロダクトデザインというと、家具や照明器具、日用品、あるいはそれらを内包する空間など、立体物をつくる専門分野として捉えられがちです。しかし私にとって、立体はあくまで媒体にすぎません。重要なのは、それらのモノや空間を通じて「誰に、何を、どのように伝えるのか」という視点であり、すなわち“体験の設計”を行う領域だと考えています。

 私の専門は空間デザインですが、単に空間そのものをデザインするというよりも、空間を媒介として生まれる出来事や人と人、モノとの関係性を設計しています。そのため、スペースデザインという言葉よりも、スペーシャルデザイン=空間的な広がりをもったデザインという表現の方がしっくりきます。

 研究室では、「切り口」「造形」「伝達」の三つを主軸に、人?モノ?コトの関係をつなぎ直す“関係のデザイン”を実践しています。中でも最も重視しているのは関係づくりです。何を切り口として、どのような体験を生み出すのか。その設計次第で、同じテーマでも全く異なるアウトプットが生まれます。学生の課題に対する答えも、造形で応える者、企画や仕組みで応える者など多様であり、それ自体が空間プロダクトデザインの広がりを示していると感じています。

自ら考え、動き、やりきる

 私がデザインに強く惹かれたのは高校生の頃でした。書店で手に取った雑誌『Pen』で特集されていた、フランスの建築家?デザイナー?エンジニアであるジャン?プルーヴェの椅子に出会ったことがきっかけです。造形としての美しさだけでなく、構造や工学的合理性が緻密に計算されている点、さらにはクリエイターとしての思想や、社員を大切にする経営者としての姿勢にも強い衝撃を受けました。「これがデザイナーなのか」と感じ、自分もこうありたいと考えるようになりました。その思いが、この道を志す原点です。

 そうして進学した本学での学生時代、私は決して学内にとどまるタイプではありませんでした。デザイン事務所でのアルバイトや、他大学の学生と学生団体を立ち上げて行った研究活動など、学外での実践に多くの時間を費やしていました。振り返ると、当時の私は劣等感の塊だったと思います。尊敬する同級生や先輩、すでに活躍している年上のデザイナーと自分を比べ、焦りから「何かしていないと落ち着かない」状態だったのを覚えています。しかしその感情が、結果的には行動の原動力となり、学生時代を濃密なものにしてくれました。当時築いたネットワークは、今もなお続いています。

 卒業後はインテリアデザイン事務所に勤務し、フリーランスを経て、2012年にデザイン会社を設立しました。現在で13期目になります。そうした実務の延長線上で、今年は国際的なオフィス家具の見本市「オルガテック東京2025」において、デザイン参加したオカムラ社のブースが「ORGATEC TOKYO Awards」で準グランプリを受賞しました。

 展示では、「チェア、イス、オカムラ 日本の『座る』を支えていく。」をコンセプトに、オフィスや駅、空港、病院、図書館、学校、スタジアムなど、さまざまな生活の場で使われてきた約100脚の椅子を、三層構造の円形体にライブラリーのように配置しました。構造体には展示会終了後も転用可能な単管素材を用い、会期中はチェアマイスターによる解説を通して、ものづくりの背景や思想に触れる体験も提供しました。

 正直なところ、準グランプリという結果には悔しさもあります。それだけやりきったという実感があったからです。空間デザイナーならではの視点で、多様な関係性を丁寧に組み合わせた表現ができたという意味では、非常に納得感の高い仕事になりました。

自身の興味関心を伸ばし、広げてほしい

本学の教員となって5年目になります。恩師である杉下哲教授から学んだ環境デザインの思想を基盤にしながら、時代や社会の変化を踏まえ、私なりにアップデートした形で学生たちに伝えています。

 2年ほど前からは研究室の運営体制を大きく見直し、学生同士が主体的に議論できる環境づくりに力を入れてきました。その背景には、私自身の学生時代の経験があります。最近ではその成果が表れ始め、学生同士の交流が活発になり、リサーチや思考が自然と深まっていく様子が見られるようになりました。教員が先導しなくても、学生自身が問いを掘り下げ、答えを導き出せる状態が少しずつ育っています。

 私はその姿を、教員という立場でありながら、少し上の先輩のような距離感で見守っています。一方で、学生と対話する時間は意識的に多く取るようにしています。心がけているのは、単に答えを教えるのではなく、考え方や捉え方の選択肢を示し、具体的で明確なフィードバックを行うことです。思考のプロセスを共有し、学生が自ら考え続けられるよう、思考の構造そのものを伝えることを大切にしています。

 教員としてのやりがいは、教えた学生たちが社会で活躍している姿を目にすることです。在学中の受賞や作品発表にとどまらず、ディスプレイ業界や家具メーカーで活躍する人、独立してブランドを立ち上げ、自ら企画したプロダクトを世に送り出している人など、その進路は多岐にわたります。

 より良い空間やプロダクトを生み出すために何が必要なのか。そして、より良い生活者であるために、どのような知識や教養が求められるのか。これからも学生と共に、「関係のデザイン」を軸に探究を続けていきたいと考えています。

 自身の興味や関心を大切にし、それを伸ばし広げていってほしいと思います。何かを判断するときに重要なのは、実際にその場へ行き、自分の目で見て、空気を感じること。そこで「面白い」「気になる」と感じたり、強く心を動かされたりしたなら、その感覚を信じて、迷わず続けてみてください。

 デザインに限らず、社会は異なる分野のプロフェッショナル同士がつながることで、少しずつ良くなっていきます。その出発点になるのは、一人ひとりの違った視点や関心です。

 人と同じである必要はありません。むしろ、人と違うからこそ生まれる価値があります。そのことを、これから進路を考えるみなさんに強く伝えたいです。

※所属?職名等は取材時のものです。

デザイン学科

幅広い学びから自分の専門を極め、一生走り続けられるデザイナーになる。

建物などの生活空間や工業製品、ポスター、雑誌、Webなど、私たちの暮らしは様々なデザインで彩られています。幅広い領域の中から自分の可能性に気づくために、本学科では1?2年次に一通りのジャンルを学び、その上で自分の専門に進めるカリキュラムを用意。現役クリエイターとして実績のある教員が、生涯にわたり活躍できる実践力を鍛えます。